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アメリカ紀行 テキサス州サンアントニオの街中を流れる「川の散歩路」の遊覧船 [米国紀行(サンアントニオ)]

米国テキサス州サンアントニオの街に中央には水路のような川が流れています。 
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サンアントニオの街の中を流れる細い川沿いに散歩路があります。
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サンアトニオの街を流れる川を観光客を乗せた多くの船が行き交います。
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 川の散歩路沿いには多くのレストランや土産物売り場などが並んでいます。
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散歩路沿いのレストランでは食事やお茶が楽しめます。
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観光客が、川沿いで、ゆったりとした時間を過ごします。
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メキシカン音楽を奏でる船も回ってきます。
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川沿いにはステージも準備されています。
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燃料電池のセミナーの会場の前の道路の下を遊覧船が行き交います。
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ほりけん、3回目のサンアントニオになります。
学生にとっては、人生最初にして最後のサンアントニオにあるかも知れません。
時間を有意義に過ごして欲しいと願っています。
 

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アメリカ紀行 テキサス州サンアントニオで開催の燃料電池セミナーのランチ・メニュー [米国紀行(サンアントニオ)]

毎年秋のシーズン、アメリカの南部の都市で燃料電池のセミナーが開催されます。ほりけん、学部生や大学院生や研究員を連れてセミナーに出席することが多くあります。テキサス州のサンアントニオには、これまで3回出かけています。

燃料電池セミナーの会場の受付けに着きました。

受付けは非常に広いのですが、我々が到着した時には既に空いていました。 s-CIMG0011.jpg

この年は、ほりけんを入れて9名のメンバーで出かけました。休憩時間に会場で写真撮影です。s-IMG_0491.jpg

さあ、昼ごはんです。主催者が準備しているランチは大きなサンドイッチとポテトです。

「先生!まずそうですね。」 「味の評価は、食べてからしなさい。」s-IMGP0574.jpg

「先生!やっぱりまずいです。」「確かに、まずいな。」s-CIMG0065.jpg

午後3時、コーヒーブレイクです。そのためのテーブルと椅子です。s-IMGP0455.jpg

「先生!英語、十分に聞き取れません。」「最初は、そんなもんだよ。」s-IMGP0498.jpg

今日のセミナーは終わりました。これから、ホテルに戻って、荷物を置いて、夕食に出かけます。

「先生、疲れました。」「時差ぼけだよ。これから、皆で、晩御飯に行くか?」「賛成です。」s-CIMG0030.jpg

若い学生とセミナーに出かけること、ほりけんの喜びです。



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アメリカ紀行 テキサス州サンアントニオ「アラモの戦い」によってテキサスはメキシコから独立  [米国紀行(サンアントニオ)]

 元々スペイン領だったテキサスの広大な土地は1821年に独立したメキシコの領土になっていました。しかしメキシコの中心からあまりに遠い辺境のテキサスにはアメリカの開択民達がどんどん移住してきて1836年にメキシコから独立するための反乱を起こしました。

 この反乱を聞いたメキシコで独裁政権を樹立したばかりのサンタ・アナが自ら数千の軍隊を率いアメリカ人反乱軍の一部187名が立てこもったアラモの砦に殺到しました。守っていたトラビス大佐などは大軍の攻撃を受けて激闘13日、ついに全滅してアラモの砦はメキシコ軍に占領されました。
 
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 この歴史上名高い「アラモ戦い」で、すぐに「アラモを忘れるな(Remember the Alamo!)」という叫びが上がり奮い立った反乱軍は、メキシコ軍を破ってテキサス共和国を独立させました。

 写真の左側が「アラモの砦」です。右側の建物の中で、20分間「アラモの戦い」の映画が見れます。s-s-Alamo_030.jpg

アラモの砦の正面の建物です。
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平日は9:00~17:30、日曜は10:00~17:30まで入場できます。

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入場する前に、9人揃って、記念撮影です。s-IMG_0051.jpg

今から、入場します。正面玄関に「アラモの戦い」の傷跡が残ります。s-lamo_021.jpg

ここで反乱軍187名が全滅しました。ほりけんと学生、そこを歩いています。壁に傷跡が残ります。
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当時使われた大砲です。こんな小さな砦、大砲には勝てないですね。
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今は、緑が覆い茂りますが、戦いは不毛のアラモ繰り広がられました。
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アメリカ人は、この「アラモの戦い」にアメリカ人としての血が騒ぐのでしょうね。
ほりけん、第二次世界大戦の時、硫黄島において、栗林忠道中将率いる22,000名の日本軍が1000名の生存者だけを残して1ケ月持ちこたえた「硫黄島の戦い」と重なってしまいました。


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